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大阪高等裁判所 平成11年(ネ)3971号 判決

控訴人(一審原告)

株式会社大和螺子

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

矢田部三郎

忠海弘一

被控訴人(一審被告)

サン・ファスナー部品株式会社

右代表者代表取締役

【B】

右訴訟代理人弁護士

兵頭厚子

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、原判決別紙被告物件目録1ないし4記載のアジャストボルト及び同目録5記載の脚止め金具を製造、販売してはならない。

3  被控訴人は、前項記載のアジャストボルト及び脚止め金具を廃棄せよ。

4  被控訴人は、控訴人に対し、金三六二五万円及びこれに対する平成一〇年五月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

6  仮執行宣言

二  被控訴人

主文と同旨

(以下、控訴人を「原告」、被控訴人を「被告」という。なお、原判決別紙(横書き)の引用にあたり、「上記」を「前記」と改めたり、アラビア数字を漢数字に改めることなどをしない。)

第二事案の概要

一  本件は、原告が、原告の製造、販売しているアジャストボルト及び脚止め金具の形態は、原告の商品表示として周知であるところ、被告の製造、販売しているアジャストボルト及び脚止め金具は、原告の同商品と同一又は類似の形態を有し、誤認混同が生じているから、被告が被告の同商品を製造、販売することは、不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争に該当するとして、被告に対し、同法三条に基づき、被告商品の製造、販売の差止め(同条一項)及び被告商品の廃棄(同条二項)を求めるとともに、同法四条に基づき損害賠償を求めた事案である。

原判決は、原告の請求を棄却し、原告が控訴を提起した。

二  前提となる事実

1  当事者

(一) 原告は、昭和四九年八月一〇日に設立された、工業用ボルト等のボルト・ナットの製造販売を目的とする株式会社である。

(二) 被告は、昭和六〇年七月三一日に設立された、ボルト・ナット類の販売を目的とする株式会社である。

2  原告商品

原告は、原判決別紙原告物件目録1ないし4記載のアジャストボルト(以下「原告アジャストボルト1」などといい、併せて「原告アジャストボルト」という。)及び同目録5記載の脚止め金具(以下「原告脚止め金具」といい、原告アジャストボルトと併せて「原告商品」という。)を販売している。

なお、アジャストボルトは調整ボルトとも呼ばれるものであり、自動販売機等の機械を水平に保持するため、機械の下に設置されるものであり、脚止め金具は、アジャストボルトを床面に固定するために用いられるものである。

3  被告商品

被告は、原判決別紙被告商品目録1ないし4記載のアジャストボルト(以下「被告アジャストボルト1」などといい、併せて「被告アジャストボルト」という。)及び同目録5記載の脚止め金具(以下「被告脚止め金具」といい、被告アジャストボルトと併せて「被告商品」という。)を製造、販売している。

第三争点及び争点に対する当事者の主張

一  争点及び争点に対する当事者の主張は、次に付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」第3(原判決別紙三頁七行目から一〇頁二行目)までに記載されたとおりであるから、これを引用する(争点については、後記五のとおりである。)。

二  原判決の訂正

1  原判決別紙四頁一四行目の「であること」を「であり、出所表示機能を有すること」と改める。

2  原判決別紙七頁一三行目の「でないこと」を「でなく、出所表示機能を有しないこと」と改める。

三  当審において付加された原告の主張(争点1について)

原告は、原判決が、原告商品の形態に商品表示としての周知性を認めなかったことについて、事実認定を誤っていると批判し、次のとおり主張を補充する。

1  原告商品の形態の周知性について

被告は、原告商品を購入した上、その形態、寸法において全く同一又は極めて類似するものを製造、販売している。

このように、被告が、悪意に基づき原告商品の形態を模倣するのは、原告商品の形態が、原告の商品であることを示す商品表示として周知性を有しているからである。

2  周知性の要件の緩和について

パリ条約一〇条の二第三項一号は、不正競争行為について、「いかなる方法によるかを問わず、競争者の営業所、産品又は工業上若しくは商業上の活動との混同をさせるような全ての行為」と規定しており、周知性を要件にしておらず、右条約の趣旨に照らすと、不正競争防止法上の周知性の認定は柔軟に行うべきである。

四  当審において付加された被告の主張(三に対する反論)

1  被告は、原告から原告商品を仕入れていたが、単価が高いこと、構造上の問題から自社製品を開発し、被告商品の製造を行うようになった。

原告商品の形態は、本件商品の基本的形状であって、他社の商品と識別しうる程度の特殊性、独自性はなく、しかも、その機能、目的から必然的に帰結する形態である。

2  パリ条約の規定が、商品の形態を商品表示とする場合において、商品表示の周知性がないのに、混同が生じた場合までを不正競争として禁止したものとはいえない。

また、国内法化された法律の解釈にあたり、その法定された要件を無視する解釈が許されるものではない。

五  争点

1  原告商品の形態は周知な商品表示か(争点1)

2  類似性及び誤認混同のおそれ(争点2)

3  損害の額(争点3)

第四当裁判所の判断

一  争点1(原告商品の形態は周知な商品表示か)について

1  当裁判所も、一定の条件のもと、商品の形態がその出所を表示する機能を有することがあると考える。

その理由は、原判決別紙一〇頁五行目から一八行目に記載されたとおりであるから、これを引用する。

2  原告商品の形態

原告商品の形態は、原判決別紙原告物件目録1ないし5記載のとおりであるが、その詳細は、原判決別紙一〇頁二〇行目から一二頁四行目までに記載されたとおりであるからこれを引用する。

ただし、原判決別紙一一頁四行目の「基本的」から五行目の「有している。」までを「形状を有しており、後記(イ)の他社のアジャストボルトの形状に照らすと、右形状はアジャストボルトの基本的形状ということができる。」と改める。

3  他社製品のアジャストボルト、脚止め金具の形態

一方、他社製品のアジャストボルト、脚止め金具の形態については、原判決別紙一二頁五行目から一四頁一〇行目までに記載されたとおりであるから、これを引用する。

4  原告アジャストボルトの形態の商品表示性について

(一) 原告アジャストボルトの基本的形状による商品表示性

原告アジャストボルトと他社製品のアジャストボルトと対比すると、前記2で認定した原告アジャストボルトの形態のうち、ボルトを軸とし、底部にキャップ形状の受け皿(原告アジャストボルト4のように受け皿から先端部が円弧形状に先細に形成された固定板部が一体的に延設されている形状も含む。)が設けられ、受け皿の頂部付近のボルトにナットが一体形成されているという形状は、アジャストボルトの一般的な基本的形状というべきである。このように、原告アジャストボルトの右形状は、他社製品にも見られるアジャストボルトの基本的形状に過ぎず、これらの基本的形状は、他の商品と識別できるだけの個性的な特徴を示しているとはいえないから、右の形状をもって原告の商品であることを示す商品表示ということはできず、右形状が商品表示として周知性を取得することもないと考える。

(二) 原告は、原告アジャストボルトは、ボルトと受け皿の接合箇所を溶接せず、受け皿の頂部付近のボルトに六角ナット形状の座り部を一体的に形成するとともに、ボルト下端にネジの刻みのない突起を設け、その突起を受け皿の穴に貫通させた上、その突起部分に抜け止めナットを圧入することにより、受け皿とボルトを止めている点に形態上の特徴がある。この方法により、従来品では、ボルトと受け皿が一体化しているためアジャストボルトの高さを調整するために機械本体を持ち上げる必要があったが、原告アジャストボルトにおいては、受け皿とボルトが固着していないため、ボルトを回転させるのみで同じ機能を獲得するに至っていると主張する。

しかし、原告が右に主張する形態(ボルトと受け皿が固着されていないこと、ボルト下端とナットの接合方法)は、外見上明らかな形態であるとはいえず、原告の商品であることを示す出所表示機能を具備するとは考えられない。すなわち、原告アジャストボルトにおいて、ボルトと受け皿が固着されていないことは、アジャストボルトを手にとってみて初めて判明するものであり、ボルト下端とナットの接合方法については、外見上いかなる接合方法がとられているかを判断することは困難である。このような機能が、一定の業界等において、原告アジャストボルトが有する機能として広く認識されていたとしても、右機能を外観から識別することが困難である以上、商品表示としての該当性を認めることができない。

(三) 原告は、原告アジャストボルトを昭和五五年以降、何らの変更を加えることなく継続して使用し、原告アジャストボルトは日本国内において現在まで約二〇〇〇万個が販売され、平成九年では同種商品の販売量のうち約六〇パーセントの市場占有率を有していると主張する。

しかし、仮に、原告アジャストボルトの販売量が原告主張どおりであったとしても、前記のとおり、その基本的形状は他社製品にも見ることができるものである上、弁論の全趣旨によれば、原告アジャストボルトにおけるボルト下端とナットの結合形態は時期により変遷があるだけでなく、前示のとおり商品表示該当性があるとはいえない以上、その市場占有率にかかわらず、現時点において、原告アジャストボルトの形態が、原告の商品であることを示す商品表示として周知性を獲得しているとはいえない。

(四) なお、原告は、株式会社ナベヤ、スギコ産業株式会社、スガツネ工業株式会社及び株式会社サカエの販売する原告アジャストボルトと同一形態のアジャストボルトは、原告がOEM取引により前記他社に対し提供している製品であり、株式会社ミスミは、株式会社ナベヤから仕入れたアジャストボルトを販売しているにすぎないと主張する。

しかし、OEM取引というのは、相手方ブランドでの商品供給を行う取引形態を意味し、現に前記各社のカタログ(甲一四、乙三、八ないし一〇)を見ても、原告が供給している商品であるとの表示は全くなく、他にそのような表示が付されて販売されていることを窺わせる証拠もないから、これらの商品に接した需要者・取引者が、それを原告の商品であると認識するとは通常考えられない。

(五) また、原告は、原告商品は、ボルト業界はもちろん、機械業界においても認知され、平成七年にJISのボルト版に掲載され、広くボルト業界に知れ渡ったと主張する。原告が主張するJISのボルト版とは、東京鋲螺協同組合が発行した「98ねじ総合カタログ」(甲二八)であると認められるところ、同カタログには、原告商品が掲載されているものの、それが原告の商品であることを示す記載は何らなされていない。したがって、前記カタログに掲載された結果、原告商品の形態が特定の事業者の出所を示すものとして周知となったとは認められない。また、前記カタログに掲載されたことが、原告商品の形態が原告の出所を示すものとして周知となった結果であるとも認められない。

そして、原告が、原告商品の形態についての宣伝広告を積極的に展開するとか、種々の媒体に取り上げられるとかいった事情も特に認められない。

なお、原告は、当審において、原告商品の広告を掲載した日刊工業新聞(甲六一ないし六五、昭和五九年三月二九日付、同年四月二三日付、昭和六三年六月一日付、平成元年七月一三日付、同年九月二六日付)を提出するが、右新聞広告の中には、原告アジャストボルトの形状が掲載されているものもあるが、右広告内で観察できる原告アジャストボルトの形状は、前記のとおり他社製品にも見られる基本的形状であり、また、その細部の特徴については判然とせず、右新聞広告をもって、原告が、原告商品の形態についての宣伝広告を積極的に行っていたと認めることはできない。

(六) 原告は、自己と取引のあるアジャストボルトを取り扱う取引者が、原告商品の形態を一見すれば、それが原告の商品であることがわかる旨の報告書を提出するが(甲三四ないし五八)、仮に、原告と直接取引のある者のうち、原告商品の形態を手にとって見ることにより、それが原告の商品であると認識する者がいたとしても、そのことだけで、原告商品の前記形態を、他の業者の商品と識別できる特に顕著な形態ということはできず、原告の主張する右形態が原告アジャストボルトの商品表示性を有しているとは認められない(なお、いずれの報告書にも「手に取って」とあるが、そうすることによって、受け皿の裏面を観察し、初めて、ボルトが受け皿に固着されていないことを確認できる。しかし、ボルト下端とナットの接合方法については、その外見から判断することは困難である。)。

(七) なお、原告は、前記のような原告主張の原告アジャストボルトの形態的特徴を採ることによる製造上の利点や機能上の利点を主張する。

しかし、仮に、原告アジャストボルトが、機能上、他の同種製品と比較して優れていた点を備えているとしても、それが不正競争防止法二条一項一号の商品表示として保護されるためには、当該機能が客観的、可視的な形態として現われ、当該形態自体が個性的であるか、又は当該形態自体は個性的ではないが、当該機能が当該形態に結びつけられて取引者又は需要者に認識される結果、当該形態が取引者又は需要者に強く注目されなければならないと解されるところ、本件全証拠によってもそのような事情を認めることはできない。

(八) 以上より、原告アジャストボルトの形態が、原告の商品であることを示す商品表示として周知性を有しているとは認められない。

5  原告脚止め金具の商品表示性について

これについても前記3のとおり、同一形態の脚止め金具が他社から販売されており、それが原告からOEM供給されているものであるとしても、その旨を示す表示はなく、さらに取引実績や宣伝広告等の実情から、特にその形態が原告の商品を示す商品表示として周知になっていると認めるに足りる証拠もない。

また、原告脚止め金具の形態は、上板部、下板部及びこれらを繋ぐ上下方向に延びる斜板部を一体的に形成し、上板部の自由端部に半だ円形状の切欠部(二股部)を形成するとともに下板部にボルト孔を形成したというものであるところ、脚止め金具の機能に照らせば、当業者が、アジャストボルトの脚止め金具をアジャストボルトと別個に製造しようとすれば、このような形態を採用するであろうことは容易に想像できるところであり、そのような形態を原告のみに独占させることは、アジャストボルトと別個に脚止め金具を商品としたというアイディアを独占させることにつながり、不正競争防止法二条一項一号による保護の枠を超えるものである。

よって、原告脚止め金具の形態が、原告の商品であることを示す商品表示として周知性を有しているものとは認められない。

6  当審において付加された原告の主張1について

原告は、被告が、原告アジャストボルトと、その形態、寸法において全く同一又は極めて類似するものを製造、販売しているのは、原告アジャストボルトの形態が、原告の商品であることを示す商品表示として周知性を有しているからであると主張する。

たしかに、被告自身、被告商品の製作に至る経緯について述べるところから考えると、被告は、原告商品を参考にして被告商品を製作したと考えざるを得ないところであるが(もっとも、受け皿の形は異なる。)、前述のとおり、原告アジャストボルトの形態に周知商品表示を認めることができない以上、被告が、原告商品を模倣して被告商品を製作したからといって、原告商品の形態の商品表示該当性やその周知性が肯定されることにはならない。

7  当審において付加された原告の主張2について

原告は、パリ条約の趣旨から、不正競争防止法二条一項一号における商品表示の周知性を認定するに際し、認定の要件を緩和すべきであると主張する。

しかし、本件においては、前記のとおり、原告商品の形態自体、他の商品と識別できるだけの個性的な特徴を示しているとはいえず、商品表示性を有しているとは認められないのであって、原告の主張はその前提を欠き、採用することはできない。

二  結論

以上によれば、争点2、3について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。よって、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 若林諒 裁判官 山田陽三)

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